« 2012年10月 | トップページ

2014年2月

2014年2月19日 (水)

遊動と定住

1.二つの難題

 人間にとって最大の難題は、他者と死の二つであろうと、私は考えています。この二つの難題に自分なりの解答を見つけていくのが人生なのかなとも思います。他者をどう引き受けるか、そして死をどう引き受けるか、という難題です。他者といかにして共存していくのかという課題ですし、親の死や自分の死をいかにして引き受けていくのかという課題です。なぜそういう課題が生まれてくるのか? それはよくわかりませんが、この世に生を受けたからにはそれらの課題がついてまわることは確かのようです。そういうものなのだ、と自分に言いきかせるしかないのだ、と。

2.遊動生活から定住生活へ

 柄谷行人の『世界史の構造』(岩波書店、2010)から思いがけないヒントを得ました。柄谷によれば、人類はもともと定住生活を営んでいたわけではないらしいのです。もともとは定住することなく、遊動生活を送っていたといいます。「氏族社会以前にあった遊動的なバンド社会」というものが想定できるようで、「彼らが定住を嫌ったのは、それがさまざまな困難をもたらすからだ」といいます。では、「困難」とは何か?

 《第一に、バンドの内と外における対人的葛藤や対立である。遊動的生活の場合、究極的に人々は移動すればよい。(中略)定住すれば、人口増大とともに増える葛藤や対立を何とか処理しなければならない。(中略)第二に、対人的な葛藤はたんに生きている者との間にあるだけではない。定住は、死者の処理を困難にする。アニミズムでは一般に、死者は生者を恨む、と考えられる。遊動生活の場合、死者を埋葬して立ち去ればよかった。しかし、定住すると、死者の傍で、共存しなければならない。それが死者への観念、および死の観念そのものを変える。》(p.63-

 まさにここには私が、心理臨床の根本的課題、そして人生の最大の難題と考えてきた二つの事柄がみごとに提示されています。他者と死という二つの難題は、人類が、遊動生活を手放し、定住生活をはじめたがゆえに発生してきたらしいということです。いいかえるなら、他者と死は、つねに私たちの手にあまる難題らしいということです。だからこそ、いわば「自然に」引きうけられるたぐいの課題ではなく、それなりの覚悟をもって、あるいは自分の人生を賭けて、うんと頑張らなければ解答できない難題だということです。かりに「他者との共存はこうして可能だ」と答えたところで、つぎの瞬間には「ええ~ッ、こんなに訳のわからない人間がいるの?!」と、あらたな〈他者〉が登場することになるからです。

3.ちょっと連想が飛躍して・・・

 現在私は個人開業でカウンセリング業を営んでいますが、カウンセリング業よりも、あちこちで講師業をするほうが性(しょう)にあっているようです。かつて病院で雇われているころは、なんとなく「定住的」だったという気がしますが、個人開業をしてからは「遊動的」になったらしいという連想がわいてきました。逆にいえば、定住的な対人的葛藤や対立から身を退いて生き延びてきたらしいということです。柄谷のいわんとするところとはかなりずれてしまったかとは思いますが、連想としては気に入っています。

 さらには「フーテンの寅さん」にまで連想が飛びます。定住を嫌って、もしくは定住ができずに、日本中を遊動していた寅さんは、高度成長期に定住生活を選んだほとんどの日本人にとってひそかな憧れでした。でも、遊動生活を選ぶことで寅さんが失ったものもあります。それは、安定して暮らせるまさに定住地であり、定職であり、家族です。要するに「所帯持ち」でない生き方を寅さんは選びとったということです。遊動を手放すことで得られた生き方もあれば、遊動を手放さないことで得られる生き方もあるということです。

(この文章は、以前、専門家向けとして公開していたものを、転載したものです。2014年2月19日)

« 2012年10月 | トップページ