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2011年10月23日 (日)

Bさんの三輪車

Bさん(30歳代男性)は会社で営業を担当していましたが、うつ病の診断で、休職に入りました。休職に入った2週間目、わたしのもとにカウンセリングを求めてやってきました。

職場では上司(女性)から叱られるのが怖いと語ります。子供時代、父親から暴力をふるわれた過去がよみがえってしまうからといいます。Bさんの話から推察するに、おそらく父親はアルコール依存症であったと思われます。

Bさんが子供のころ両親は離婚し、現在もBさんは母と二人暮らしです。

ある日のカウンセリングで、Bさんは、自分は感情表現することを敬遠していると語りました。夕食時、食卓で母親と食事をしていても、ほとんど会話らしい会話がなく、テレビを観ていておもしろいなと思っても、母親に言わないのだそうです。泣ける映画を観ても泣かずにこらえる。自分の感情をさらけ出すことに恥かしい気持ちや照れくさい気持ちがある、というのはまだ理解できますが、感情をさらけ出すことに恐怖感があるとまで言います。恐怖感だけでなく、表現すると負けるとも語ります。これはいったいどういうわけでしょうか?

職場復帰が近づいてきた時期、わたしはBさんに仕事について尋ねてみました。今の仕事はやりたい仕事ではなく、仕方なくやっている。かといって、そもそもやりたい仕事があったというわけでもない、とのことでした。

数ヵ月の休職期間を終え、Bさんは職場復帰しました。上司との関係は変わりませんが、どうにか出勤は続いています。

最近、食卓で母親とよくしゃべるようになったと話してくれました。ニュースのこととか意識してしゃべると、あとはしゃべり続けられるのだそうです。

ある日の夕食時、母親とこんなやりとりをしたそうです。

「本当の自分というものがない感じが、これまでずっとしていた。そのことが、最近やっとわかってきた。無条件に親から受け容れられることがなかったからだと思う」と、Bさん。

すると母親がこう返してくれました。「もうちょっとほめて育ててあげればよかったね」。

Bさんは少し反論しました。「ほめるというより、ありのままでよしとする感じがほしかった」と。

Bさんの言葉を受けて、母親はこんなエピソードを語ってくれました。

――あなたが3~4歳のころ、あなたがひとりで、三輪車で遊んでいるのをわたしは三階から見ていた。あなたは三輪車で、何度も何度も水たまりに突っ込んでいた。一階の奥さんが、三階にいるわたしに「汚れちゃうけど、いいの?」と声をかけてくれたのね。でもわたしは「うん、いいのよ」とこたえ、そのまま見ていたの……。

ありのままの自分がこのとき受け容れられていたんだと、Bさんは何か満ち足りたように語りました。「自分ではおぼえてはいないのだけど、幼いころこういう体験が足りなかったんだろうな」と。

職場復帰したBさんは、週末、自転車に乗る楽しみを見つけ、これが励みで、週5日の仕事はどうにか続いています。ある日の休日、筑波山まで往復120キロ、自転車で走ってきたと言います。別に筑波山に行ったからといって何かとりたてて目的があるわけではない。ただたんに走ることだけが目的で、と言います。

わたしはふと思いました。――走りつづけることだけが目的で自転車で走っている今のBさんは、泥水につっこむだけの目的で三輪車で無邪気に遊んでいた幼いころのBさんとつながり直そうとしているかのようだな、と。

(※ Bさんの了解を得て、ここに紹介させていただきました。)

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