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2011年10月

2011年10月23日 (日)

真夜中の公園で

真夜中、のぞみちゃんはふと目を覚ましました。だれかが「のぞみちゃん、のぞみちゃん」と、呼ぶ声がしたからです。

「のぞみちゃんを呼んだのは、だーれ?」と、のぞみちゃんは思いました。

布団を見ると、ママも、パパも、ひかりちゃんも、ぐっすり眠っています。いったいだれが、のぞみちゃんの名を呼んだのでしょう。

ガラス戸ごしに庭を見ると、暗がりのなかに子どものネコバスがいます。ネコバスがのぞみちゃんのほうを向くと、目がキラリと光りました。

「あっ、ネコバスだ!」

するとネコバスが、やさしくのぞみちゃんに話しかけてきました。

「のぞみちゃん、庭に出ておいで。これから一緒にお出かけしよう」

のぞみちゃんはとてもうれしくなりました。

「そうだ。おねーちゃんも一緒にさそってお出かけしよう!」

のぞみちゃんは、ママとパパを起こさないよう、ひかりちゃんをそっと起こしました。

「おねーちゃん、おねーちゃん。お庭にネコバスが来てるよ」

ひかりちゃんは、眠い目をこすりながら起き上がり、庭をのぞいてみました。

「あっ、ほんとにネコバスが来てる!」

のぞみちゃんは、玄関から、ひかりちゃんとのぞみちゃんのくつを、庭に持って来ました。

ひかりちゃんと、のぞみちゃんは、パジャマのまま、ネコバスに乗り込みました。

ネコバスの座席はふわふわのクッションです。すわると、とても気持ちいいのです。

ふたりを乗せたネコバスは、空へ飛び上がりました。

ネコバスは、のぞみちゃんの通っている保育園の上をグルッと回って飛び越え、つぎにひかりちゃんの通っている小学校の上もグルッと飛び越えて行きました。

ネコバスがやってきたのは、いつも二人が遊んでいる公園でした。

公園の真ん中に、大きな松の木が立っています。ネコバスは松の木の枝に降り立ち、ひかりちゃんとのぞみちゃんはネコバスと並んで、枝に腰かけます。

公園の広場に、どこからやって来たのか、動物がたくさん集まっています。のぞみちゃんの好きなゾウさんもいます。キリンさんもいます。あれぇ、タヌキさんもいます。アライグマもいるし、カピバラも、オウムもいます。どうやら動物たちはみんな、のぞみちゃんの大好きな市原ゾウの国からやって来たようです。

よく見ると、動物たちの真ん中に、ママとパパがいます。ママとパパはベンチに並んで腰かけています。

のぞみちゃんは「ママーッ!」と、ママに呼びかけようとして、ハッと気がつきました。

ママのひざにだれかいます。そう、家族のひとりである犬のギズタくんです。ギズタくんはママのひざの上で、ぐったりしています。

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、……」と、苦しそうな息をしています。

ゾウさんが「パオーン」と鳴きました。ゾウさんは何かお話をしているようなのですが、ひかりちゃんにも、のぞみちゃんにも、ゾウさんの言っていることがわかりません。

すると、ネコバスがふたりに、魔法をかけてくれました。おかげで、ふたりは動物たちの言葉がわかるようになりました。

ネコバスが「ゾウさんはね、クイズを出します、って言ったんだけど、わかった?」と、ふたりにたずねました。

のぞみちゃんは「うん、わかった!」と答えます。「でも、なんのクイズなの?」

ゾウさんがもういちど「パオーン、パオーン」と鳴きました。

のぞみちゃんは、ゾウさんがいっている言葉がわかりました。ゾウさんは「のぞみちゃんの大好きな動物はなんでしょう?」と、クイズを出したのです。

ママのひざでぐったりしているギズタくんが、苦しそうな息をしながら答えます。

「ゾ、ウ、さ、ん、……」

すると、キリンさんが答えました。

「いいえ、ちがいます。正解は、ギズタくんで~す」

動物たちみんなが、ギズタくんのために手をたたきます。

ギズタくんはホッとしたように、目を閉じます。

今度はキリンさんがクイズを出します。

「暗い夜でも、キラキラ光っているものはなあに?」

目を閉じたまま、ギズタくんが答えます。

「そ、ら、の……、お、ほ、し、さ、ま……」

ギズタくんの声はとても小さいので、みんなはいっしょうけんめい耳を澄まします。

こんどはゾウさんが答えます。

「いいえ、ちがいます。正解は、ギズタくんのお目々で~す。パオーン」

ママのひざにいるギズタくんの息がとても弱くなりました。

最後にママがクイズを出します。

「まだ、ひかりちゃんも、のぞみちゃんも、パパもいなくて、ひとりぼっちだったママをずっと支えてくれたのはだれでしょう?」

もうギズタくんは息もせず、ピクリとも動きません。

ママが自分でクイズに答えます。

「正解は……、ギズタくんです。……ギズタくん、ありがとう……」

ママは泣いていました。パパはママの肩をやさしく抱いてあげました。

動物たちは、みんないっせいに拍手しました。

松の木の枝で、のぞみちゃんは泣いていました。ひかりちゃんは「ギズーッ、ギズーッ」と、ギズタくんの名を呼び続けました。

のぞみちゃんが「ママ、かわいそう」というと、ひかりちゃんは「そうだね」とこたえました。

ネコバスがいいました。「もう、帰ろうか?」

ひかりちゃんも、のぞみちゃんも、「うん」と答えました。

ふたりはネコバスに乗って、おうちにむかいました。ネコバスは、もういちど小学校の上をとびこえ、保育園の上をとびこえ、おうちにかえりつきました。

つぎの日の朝、ひかりちゃんが学校に出かけたあと、ギズタくんは亡くなりました。

ママが、のぞみちゃんに話しました。

「ギズタくんは、みんなにサヨナラして、ひとりで遠くに行ってしまったのよ」

ママの目から、なみだが静かに流れおちました。

のぞみちゃんは、ママにお話ししました。きのうの夜中、小さなネコバスに乗って、公園に行ったこと、そこには動物がたくさんいたこと、ママもパパもいて、みんなで、ギズタくんとお別れの会をしたこと、……。

ママはのぞみちゃんの話に、ひとつひとつうなづきながら聞いていました。

夕方、ひかりちゃんと、のぞみちゃんと、ママの、三人で、ギズタくんを葬儀場に連れて行きました。ギズタくんは骨になって、おうちに帰ってきました。

ママは来年の9月、ギズタくんの誕生日に、ギズタくんの骨を庭に埋めてあげるつもりです。

※これは、岩瀬成子『夜くる鳥』(PHP研究所、1997)からお借りして書いたものです。ホームページ上ながら原著者岩瀬さんに感謝申し上げます。(光元和憲)

Bさんの三輪車

Bさん(30歳代男性)は会社で営業を担当していましたが、うつ病の診断で、休職に入りました。休職に入った2週間目、わたしのもとにカウンセリングを求めてやってきました。

職場では上司(女性)から叱られるのが怖いと語ります。子供時代、父親から暴力をふるわれた過去がよみがえってしまうからといいます。Bさんの話から推察するに、おそらく父親はアルコール依存症であったと思われます。

Bさんが子供のころ両親は離婚し、現在もBさんは母と二人暮らしです。

ある日のカウンセリングで、Bさんは、自分は感情表現することを敬遠していると語りました。夕食時、食卓で母親と食事をしていても、ほとんど会話らしい会話がなく、テレビを観ていておもしろいなと思っても、母親に言わないのだそうです。泣ける映画を観ても泣かずにこらえる。自分の感情をさらけ出すことに恥かしい気持ちや照れくさい気持ちがある、というのはまだ理解できますが、感情をさらけ出すことに恐怖感があるとまで言います。恐怖感だけでなく、表現すると負けるとも語ります。これはいったいどういうわけでしょうか?

職場復帰が近づいてきた時期、わたしはBさんに仕事について尋ねてみました。今の仕事はやりたい仕事ではなく、仕方なくやっている。かといって、そもそもやりたい仕事があったというわけでもない、とのことでした。

数ヵ月の休職期間を終え、Bさんは職場復帰しました。上司との関係は変わりませんが、どうにか出勤は続いています。

最近、食卓で母親とよくしゃべるようになったと話してくれました。ニュースのこととか意識してしゃべると、あとはしゃべり続けられるのだそうです。

ある日の夕食時、母親とこんなやりとりをしたそうです。

「本当の自分というものがない感じが、これまでずっとしていた。そのことが、最近やっとわかってきた。無条件に親から受け容れられることがなかったからだと思う」と、Bさん。

すると母親がこう返してくれました。「もうちょっとほめて育ててあげればよかったね」。

Bさんは少し反論しました。「ほめるというより、ありのままでよしとする感じがほしかった」と。

Bさんの言葉を受けて、母親はこんなエピソードを語ってくれました。

――あなたが3~4歳のころ、あなたがひとりで、三輪車で遊んでいるのをわたしは三階から見ていた。あなたは三輪車で、何度も何度も水たまりに突っ込んでいた。一階の奥さんが、三階にいるわたしに「汚れちゃうけど、いいの?」と声をかけてくれたのね。でもわたしは「うん、いいのよ」とこたえ、そのまま見ていたの……。

ありのままの自分がこのとき受け容れられていたんだと、Bさんは何か満ち足りたように語りました。「自分ではおぼえてはいないのだけど、幼いころこういう体験が足りなかったんだろうな」と。

職場復帰したBさんは、週末、自転車に乗る楽しみを見つけ、これが励みで、週5日の仕事はどうにか続いています。ある日の休日、筑波山まで往復120キロ、自転車で走ってきたと言います。別に筑波山に行ったからといって何かとりたてて目的があるわけではない。ただたんに走ることだけが目的で、と言います。

わたしはふと思いました。――走りつづけることだけが目的で自転車で走っている今のBさんは、泥水につっこむだけの目的で三輪車で無邪気に遊んでいた幼いころのBさんとつながり直そうとしているかのようだな、と。

(※ Bさんの了解を得て、ここに紹介させていただきました。)

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