« 女が真に求めるものは何か?――『アーサー王伝説』より | トップページ | Bさんの三輪車 »

2011年5月31日 (火)

どうか赤ん坊を激しく揺さぶらないでください――乳幼児揺さぶられ症候群

2009920日、NPO法人虐待から子どもを守る支援ネットワークちば主催の研修会で、山田不二子先生(東京医科歯科大)を講師にお招きし、「性的虐待」と「乳幼児揺さぶられ症候群」に関するお話をうかがいました。文字通り蒙を啓かれた思いでしたが、後者「乳幼児揺さぶられ症候群」はとりわけ心に残りました。

「乳幼児揺さぶられ症候群」は、“Shaken Baby Syndrome”(SBS)の日本語訳ですが、現在ではより広い意味で、「虐待による頭部外傷」“Abused Head Trauma(AHT)と呼ばれることもあるとのことです。

「揺さぶる」というのは、赤ん坊の胸のあたりを両手で持ち、前後に激しく揺さぶることを言います。1秒間に2~4回揺さぶると言いますから、かなりの激しさです。生後2ヵ月あたりから被害が始まることが多いとのことですので、まだ首のすわっていない赤ん坊のぐらぐらする頭を揺さぶることになります。

山田先生は、調理に使うボールにたとえて説明されました。ボールのなかに、かたまりかけたゼリーを入れたとします。ゼリー()はボール(頭蓋骨)に付着していない状態です。そのボールを、前後左右に激しく揺さぶると、中のゼリーはグチャグチャに砕けてしまいます。

脳と頭蓋骨との激しい衝突が繰り返されると、脳のあちこちに出血が見られ、脳神経細胞の軸索がずたずたになり、かつ左脳と右脳をつなぐ脳梁も切れてしまいます。死亡した赤ん坊の頭蓋を開くと、脳はまさにグシャッとつぶれてしまう例もあるとのことです。

眼球にも被害が現われます。眼球内の硝子体も柔らかな物質でできており、揺さぶられに伴い、視神経が硝子体から剥離するため、球状の硝子体の表面に多数の出血が見られます。揺さぶられた後に生き延びた子供のなかには生涯盲となってしまう者もいるそうです。

アメリカで制作された啓発用のDVDも衝撃的でしたが、持参された人形を使って山田先生が揺さぶりを再現して見せて下さったのはそれ以上に衝撃的でした。

赤ん坊を揺さぶっている大人は、顔色の急変や嘔吐など子供の反応に驚いて、子供をパッと手放してしまい、そのまま床に落下させてしまうことがあるとのことです。現に研究者の中には、揺さぶりが赤ん坊にとって致命傷になるのは、この床への落下にあるのではないかと考える者もいるそうです。

人形を使った山田先生の揺さぶりの再現は、1秒間に2~4回という動きの激しさも衝撃的でしたが、「あっ」と思った瞬間に手放された人形が落下し、床とぶつかるときの「ドスッ」という音はもっと衝撃的でした。瞬間、わたしの内的な体験は、目の前で本物の赤ん坊が床に落下した音でした。

わたしは乳幼児揺さぶられ症候群は、まだ首のすわっていない子供、すなわち生後3~4ヵ月未満の赤ん坊が被害に会う事例を指すものと思い込んでいました。この点に関しても蒙でした。被害に会う子供の年齢は幅広く、生後2ヵ月の赤ん坊もいれば、首のすわった後の子供もいて、乳幼児はもちろん小学生もいれば、もっと年齢の高い子供も被害に会うことがあるそうです。

赤ん坊の激しい泣きのピークは、生後2ヵ月目にあるとのことです。ところが実際の乳幼児揺さぶられ症候群被害は生後3ヵ月にピークがあります。赤ん坊の激しい泣きが、しばしば乳幼児揺さぶられ症候群の発生とつながっているとされていることからすると、そこにはタイムラグ(時間差)があります。このタイムラグはなぜ起こるのか?

生後2ヵ月の頃、親や、子供をケアする大人たち(保育士やベビーシッター)は、乳児の激しい泣きに苦しめられます。このとき泣きに苦しめられた大人が、怒りにまかせて乳児を揺さぶります。乳児は激しい揺さぶりに脳内出血もふくめ、多大な損傷をこうむりながら、泣きやみます。大人はいわばこれに味をしめ、乳児が泣くと揺さぶるのを繰り返します。そして生後3ヵ月の或る日、何度目かの揺さぶられの果て、乳児は顔面蒼白、嘔吐等を伴いながらぐったりとします。救急車で運ばれた時にはすでに手遅れとなっています。どうやらこのようにしてタイムラグが生まれるようです。

赤ん坊の激しい泣きは、なぜ生後2ヵ月目にピークがあるのか? その原因は今なお不明とのことです。この泣きは、そもそも生得的なものなのか、それとも生後の、赤ん坊の生活環境に起因するものなのか?

2ヵ月早産の赤ん坊の場合、泣きのピークは、生後4ヵ月目にあるかというと、そうではなく、やはり生後2ヵ月目にあるとのことです。となると、生後2ヵ月の激しい泣きは、生得的なものではなく、生後の生活環境に何か要因があると考えざるを得ません。

私は一つ仮説を立ててみました。「生後2ヵ月の激しい泣きは、赤ん坊の脳の成熟と関係しているのではないか?」という仮説です。すなわち「刺激量の多さに、赤ん坊の脳の処理能力が追いつかず、そのため脳が異常に疲労してしまい、その疲労を処理しようともがき苦しんでいる姿が、激しい泣きとして現象しているのではないか?」というものです。

現に、一部の母親たちは、生後2ヵ月頃、赤ん坊を家の外に連れ出すと、しばしば赤ん坊が眠ってしまうことに気づいています。もしかすると赤ん坊たちは、外出にともなう過剰な刺激を、眠ることで遮断しようとしているのかもしれません。

脳の成熟は、概念や言葉を用いた思考の成熟と大いに関わっているだろうと考えられます。生後、赤ん坊は親たちとの関わりを介して、徐々に言葉や概念、あるいはそれらの前段階の準言葉や準概念を習得して行きます。体験を既得の概念や言葉で整理整頓して行くなかで、困ったときの対処法もいろいろと身につけて行きます。こうした対処法を身につける手前の生後2ヵ月段階で、赤ん坊の激しい泣きがあるのではないかと思うのですが、この仮説は有効かどうか。ちなみに私は、子供の夜泣きも脳の成熟、すなわち概念や言葉の習得とも関係しているだろうと考えています。いつか機会があれば、このこともお話しさせていただきたいと思います。

ともあれ、これだけは世の親たち大人たちに訴えたいところです。――赤ん坊の激しい泣きや夜泣きは、親の子育てが不適切だからではありません。たぶん赤ん坊の脳の成熟が、環境に追いついていないだけの理由からなのです。だから、どうか赤ん坊を激しく揺さぶらないで下さい。

« 女が真に求めるものは何か?――『アーサー王伝説』より | トップページ | Bさんの三輪車 »

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/568774/51815208

この記事へのトラックバック一覧です: どうか赤ん坊を激しく揺さぶらないでください――乳幼児揺さぶられ症候群:

« 女が真に求めるものは何か?――『アーサー王伝説』より | トップページ | Bさんの三輪車 »