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2011年2月21日 (月)

おそうじ

※これは或るクライアントのブログに載っていた文章です。

 ご本人の了解をいただきましたので、転載させていただきます。

 ちなみに、この方のカウンセリングはすでに終結しております。(光元和憲)

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私にとって、カウンセリングは心のおそうじだ。
ごっちゃっごちゃになった、いろんな事をカウンセラーと共に紐解いていく。
そうすると、「あ、この時は哀しかったんだ」とか、

「哀しんでもよかったんだ」と、知ることができる。
一人でできそうだが、信頼できる人との共同作業だからこそ
掃除ができる。
ひとつひとつ、出してきては一緒にみてくれる。
そして、それを手放すか私が決める。
少しずつ、感じないようにしていたり、大したことないと
思っていた気持ちを、「あー、あの時嫌だったんだ」とみてあげる。

先生は、「名前をつけてあげる」といっていたっけ。
私のそうじも少しずつ進み、自分の気持ちを自分でみることが
少しずつできつつあるのかな。
以前、カウンセリングの時、またもや突然
「私、最低なんです。みんな必ずいいとこあるのに、
やっぱり根っこが最低な人間っているんです」と言った。
そうすると先生は、「あなたが最低だと思ってる部分を
一緒にみる覚悟はできてるよ」と言った。
私はひとしきり泣いた。
心の掃除から、随分なところまできてしまった。
一緒のところに立ってくれる存在の大きさってよくわかんないけど、すごい。
結局、先生に私が最低と思う所を話したわけではない。
そういう自分のイメージだったわけだ。
掃除の共同作業もあと少しだ。

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